2010年 5月 の記事

七つの大罪と自己利益

昨今の
自己利益
の追求とは
七つの大罪
の是認と言えなくはないか。

七つの大罪
・邪淫
・貪食
・貪欲
・怠惰
・憤怒
・羨望
・高慢

欲望」は人の行動の
源泉ではある、が
それが「」になる境界は
如何なる上に。
「物語」のひとつの規定ではあろう。
が、
「自己」の「利益」の「追求」であるからではなかろうか。
自己否定の契機。
自己の限界への配慮を、
自己の利益の追求よりも優先する。
自己の無益、無力を知るということに於いて、
自己の利益、有益さを知る、得る。
「七つの大罪」
は総て、自己の「肯定」に於ける自己の利益の「欲望」である。
宗教心も倫理観も行動規範も
「自己」に於ける
「自己」
が源泉である。
「汝自身を知れ」
とは古代ギリシアの賢人の格言と言われている。
知る
ことには、前提として「肯定」してしまっていては
永遠に「知る」得ない。
汝 = 自己
森羅万象、総ての認識、認知は
「自己」
を源泉とする、しか有り得ない。
(他者のこころ内はわからない、物理下のこころ内などもっとわからない)
「罪」
とは
「自己」
の不理解である、
否、
盲目的な「自己肯定」である。

即ち、
汝を知らずして行う行為は
これ「罪」である。
自らして、自らがわかっていないのだから、
その自らの「行い」もわかっていないこととなり、
それこそは
「罪」
ではないのか。
「わたしは間違っているのではないか?」
から。
psそして七つの大罪映画、「セブン」も。

勝間 VS ひろゆき

おもしろいので、メモ的に。
ひろゆき氏は結構、まともだと思う。
自分でも言っているが「主張」もしているし、ある種の「前提」を盲目的には語らないし、
実のところ勝間氏の主張もそれほど否定はしていない(好きにすればいい)。
勝間氏はなぜに原理主義的な物言いになるのか。
勝間氏劣勢をひろゆき氏の物言いのせいにするのは如何なものか。
「議論」ではなく「論破」したいだけのようにも見える。
自ら例えていたように、夫婦「喧嘩」になっている。
「議論」物のコンテンツは大概そうなる傾向があるかと思う。
生産的な「議論」をしたいのか、
頭が1番良いのはこの
「私」
と認めさせたいのか。
みんなプライド高いのね・・・。


「キレイ」になることは簡単


こうやって見ると
LADY GAGA(レディー・ガガ)も只のヤンキー娘。
スター的な華やかさの「キレイ」を手に入れるのは
つまりは「化ける」のは、
「資金」があれば誰にでも出来るのかも。(もちろん整形済み)
こちらはスッピン。

一応、フォロー。

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Illegitimate Son
Of
a Rock n’ Roll star.

Roll on, roll on,
Maggie M’Gill.

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