新年、明けましておめでとうございます。

本年も

“Maggie M’Gill” with Masateru

“Mushroom cloud of the MAN” with けいかみえいち

をよろしくお願い致します!!

 

昨年は震災があり「国」「社会」だけでなく「自身」の環境でも覇気のない見えない不安に苛まれた年で、

創作意欲も減退した年でした。

「今年こそは辰年‐Year of the Dragonにちなみ飛躍を!」

と、ここで元気よく言いたいところですが正直、明るい兆しが見えるのはまだまだ先だと思っています。

個人的な事象と震災等が悪い意味でシンクロしてまだ落ち込んでいるという、

卑小な気持ちのせいもありますが、

「今」「日常」からの「体感」「情報」から推察する「現実」的な「直感」みたいなものからです。

 

ですので、ここ数年はTシャツ等の「創作」だけでなく「生活」も含め、

「わたし」というものを生きるにつき、

石橋を叩くような慎重さと遅さで、手探りかつ迅速に、

大胆不敵ではなくコツコツと行こうと思っている次第であります。

 

非常にネガティブで後ろ向きな新年のあいさつで申し訳なく思いますが、

自論として、とにかく成功しようが失敗しようが、ある事象に対して、

その時に「良し(殺人だろうと)と自分で判断することしか

「ひと」は判断し行動することが出来ない原理性を持ち、

生きているということはその「良し」軌跡であり、

そもそもネガティブも後ろ向きもなく単に「未来」へと「今」「過去」にしていると思うわけです。

NEVER NO FUTURE

です。「未来」がないということは「生きている」という時間軸では有り得ないのです。

これは終身刑のひとでもそうです。

その意味に於いて「生きる」ということはそもそも「残酷」なことです。

しかし、その残酷さは「平等」でもあります。どんな状況でも「未来」はあるからです。

(こういう話はクドクド永くなるのでこのへんでw)

 

ですので、今年は活動へのビジョンはまったくありません。

もしかしたら、怒涛のリリースラッシュになったり、新作一切なしということも有り得ます。

しかし、「良し」と判断し行動することしか出来ませんので

「良し」

なこととなっている年、「未来」で有るはずです。

(失敗しても、次も「良し」の判断しか出来ないので)

 

少し、辛気臭くなりましたがとにかく

本年も

“Maggie M’Gill” with Masateru

“Mushroom cloud of the MAN” with けいかみえいち

をよろしくお願い致します!!